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福岡高等裁判所 昭和61年(ネ)336号 判決

控訴人 福岡県

右代表者知事 奥田八二

右訴訟代理人弁護士 森竹彦

右指定代理人 井上公明

〈ほか二名〉

被控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 馬奈木昭雄

同 稲村晴夫

同 三溝直喜

同 小宮学

主文

原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張の関係は、次のとおり付加、訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四枚目表五行目の「制服を来て」を「制服を着て」と改める。

2  控訴人の補充主張

(一)  本件留置の適法性について

被控訴人の本件スピード違反は、警察官が現認し、かつ、レーダーの計測結果も存在するが、警察官の現認は公判廷において最もその証明力が争われるところであり、また計測結果は単に小さな紙片に違反速度と違反車両番号とが印字されただけのものであり、何ら違反者との結びつき(関連性)を示すものではない。従って、被控訴人が本件スピード違反の被疑事実を否認する場合、控訴人としてはその立証のため事件と関係のない第三者による右記録紙の確認と右確認にかかる供述調書の作成が是非必要である。

本件において、被控訴人は、福岡県久留米警察署(以下「久留米署」という。)の警察官によりスピード違反の被疑事実で逮捕された際、右被疑事実を否認するのは勿論のこと、免許証の提示さえ拒否して氏名、住所すら明らかにせず、その後久留米署に引致され弁解録取をされた時点で漸く氏名・住所を述べたものの、なお被疑事実については否認していた。これに対して、久留米署が被控訴人の被疑事実を本件逮捕現場で確認させた第三者乙山春夫の供述を調書にしたのは本件逮捕の翌日である。

被控訴人の本件違反は制限速度時速四〇キロメートルのところを時速七〇キロメートルという常識外れの高速で走行していた事案であり、被控訴人は右のとおり逮捕現場では氏名・住所すら述べず、弁解録取後も被疑事実について否認を続けていたのであるから、単にその氏名・住所・職業等が判明したからといって、それだけで直ちに罪証隠滅の虞れ及び逃亡の虞れがなくなったと速断することはできない。

すなわち、被控訴人に対する被疑事実を第三者が確認したことを調書化する以前に罪証隠滅の虞れなしとして釈放すれば、その後何らかの理由で右調書化がなされない場合、被控訴人に対する公訴の維持が著しく困難になることは明らかである。しかも、被控訴人は逮捕現場のマイクロバスの中で第三者乙山春夫と一度顔を会わせている。また被控訴人の本件逮捕当日における前記言動に鑑みれば、一旦釈放された被控訴人が改めて事情聴取に応じて久留米署に任意出頭するかは極めて疑わしい。

かかる意味において、被控訴人にはなお罪証隠滅の虞れ及び逃亡の虞れがあったといわざるを得ない。

(二)  本件接見について

本件において、久留米署の石田正勝警部補(以下「石田警部補」という。)は、被控訴人との接見を求める被控訴代理人弁護士稲村晴夫(以下「稲村弁護士」という。)との間で、翌朝午前九時から接見させることでその接見時間も含めて合意に達していたのであり、同警部補が右接見を最終的に拒否した事実はない。同弁護士は右合意に基づき久留米署を退去したものである。

仮に、同警部補の言動が接見拒否に該当するとしても、同弁護士の刑事訴訟法に基づく接見要求の時間は留置人も寝静まり戒護態勢も手薄となった午後一一時頃であり、このような場合にまで(翌朝まで待たずに)接見させねばならない程の防御上の不利益が被控訴人に生じたとの特段の事情は、本件においては認められない(稲村弁護士は翌朝午前九時頃被控訴人と接見しており、それ以前に被控訴人が久留米署で取調べを受けたことはない。)。従って、石田警部補が当直主任として庁舎管理の面から接見の日時を翌朝午前九時に指定したことは合理的な理由があった。

3  被控訴人の補充主張

(一)  本件留置の違法性

本件では、被控訴人の速度違反を複数の警察官が現認し、かつ、目撃証人乙山春夫に対する警察の取調べ(すなわち速度記録紙の確認)も本件現行犯逮捕直後に行われておるから、たとえ目撃証人の供述を調書化したのが翌日のことであったとしても、警察としては、右速度記録紙が被控訴人の運転する乗用車(以下「被控訴人車」という。)のものであるとの立証は容易にできたはずである。

仮に右調書化がなされるまでは罪証隠滅の虞れがないとはいえないとしても、被控訴人はそもそも右乙山とは何ら面識がなかったから、短日時のうちに同人に働きかけて罪証隠滅工作を図ることは全く不可能であった。更に、右調書化は三〇分もあれば出来る作業であるから、右乙山に時間的都合がつかないのであれば別の第三者に立会って貰い、検挙現場で前記記録紙の確認を行ってその調書化をすれば済むことである。

被控訴人は、被疑事実を否認してはいなかったし、久留米署での弁解録取の段階では免許証を提示し住所、氏名、職業等を明らかにしていたから、この段階では被控訴人には罪証隠滅の虞れ及び逃亡の虞れは全くなかった。にも拘らず、久留米署は右弁解録取後被控訴人の取調べを何らすることもなく、同被控訴人を翌日まで不当に留置し続けた。

(二)  本件接見拒否の違法性

本件において、久留米署は、被控訴人に弁護士が来署していることを知らせず、かつ、弁護士には「現在取調中である。」旨虚偽の事実を告げて接見を拒否しており、その態度は極めて悪質である。

当時、久留米署では夜間の留置係として三人の警察官が勤務しており、一人の被疑者に対して一人の弁護士が接見するのにそれ程煩瑣な手続は必要でなく、留置場の当直態勢を理由にして接見要求を拒否するのは不当である。仮に深夜であることを理由に接見拒否が許されるとしたならば、警察は事案によっては意図的に夕方から深夜にかけて被疑者を逮捕し、弁護士との接見をさせないままに取調べる事態を招くことになりかねない。

三  証拠《省略》

理由

一  争いのない事実

1  被控訴人は、昭和五七年一〇月二八日午後七時四〇分頃、久留米市東櫛原町一三五番地先の中央公園東側道路(以下「本件道路」という。)を自己所有の被控訴人車を運転して走行中、久留米署所属の北原真一郎巡査から速度違反の疑いで停止を求められ、中央公園入口正門前に被控訴人車を停車させたのち、速度違反の被疑事実で現行犯逮捕(本件現行犯逮捕)されたこと

2  被控訴人は、本件現行犯逮捕の後、近くに停車していた久留米署のマイクロバスの中で手錠をかけられ、同日午後八時一〇分頃久留米署に連行されたこと、被控訴人は、久留米署で当直主任の石田警部補から弁解録取を受けたが、その際被控訴人は自己の氏名・住所・職業を述べ、免許証を提示したこと(なお右弁解録取の手続は五ないし一〇分間で終わったこと)

3  その後被控訴人は、同署二階にある留置場へ連行され、同所で服装、持物一切の検査を受けた後、二階の取調室で夕食をとり、同日午後一〇時頃留置場へ入ったこと(本件留置)、被控訴人は翌日午前一〇時頃釈放されたこと

4  稲村弁護士は、被控訴人が現行犯逮捕された前記二八日の午後一〇時頃久留米署を訪れたこと、しかして同弁護士は、その提出時刻はともかくとして、弁護人選任届用紙を同署に提出し、被控訴人はこれに署名捺印したこと

5  ところで、被控訴人は当時久留米民主商工会の会長であり、同時に久留米市議会の議員でもあったこと

6  控訴人は、地方公共団体であり、福岡県警察を設置してこれを管理運営していたこと、しかして、柴田伸一巡査、北原巡査、吉瀬秀夫巡査部長及び石田警部補らは、当時いずれも久留米署所属の警察官であったこと

以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に《証拠省略》を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1  本件現行犯逮捕に至る経緯

(一)  久留米署所属の吉瀬巡査部長は、同署所属の北原、柴田、田中亘、本村真寿夫各巡査ら八名の警察官を指揮して、昭和五七年一〇月二八日午後六時二〇分頃から本件道路(現場の状況は別紙図面のとおりである。)でレーダースピードメーター(以下「レーダー」という。)による自動車の速度違反の取締りを実施していた。

(二)  右レーダーによる速度違反の取締要領は、次のとおりである。即ち、取締りを行おうとする車線側の道路の端にレーダーを設置し、そこから約二〇ないし三〇メートル下流の地点に速度表示計測装置を設置する。取締りに当たる警察官らは、それぞれ測定係、記録係、停止係、取調係に分かれて待機する。右レーダーが事前に設定した速度以上で走行する車両を検知すると、速度表示計測装置が警報音を発するとともに表示管に当該車両の速度が表示され、測定係はこれを読み取り当該車両の車種、塗色、登録番号とともに右速度違反をマイクで記録係及び停止係に通知する。記録係は、走行してくる車両を見ながらそれが通知を受けた車両と一致するかどうか確認したうえ、表示装置からプリントアウトされた記録紙に測定日時と車両番号とを記入する。一方、停止係は、違反車両を確認したうえこれを停止させ、被疑者を記録係の位置まで同行を求めて同係に引き継ぐ。記録係は、前記プリントアウトされたままの記録紙を被疑者に示して、それが被疑者の運転していた車両の速度を計測したものであることの説明をし、その記録紙を確認させたうえ速度表示計測装置から切り取った記録紙を速度測定報告書の所定欄に貼付し取調係に引き継ぐ。取調係は、右報告書に貼付された記録紙に被疑者の指印を求め、反則キップその他の処理を行う。

(三)  本件取締当日は、吉瀬巡査部長らが取調係を、北原巡査及び柴田巡査が停止係を、田中巡査が測定係をそれぞれ担当していた。なお、記録紙に違反速度等を表示する表示装置は、付近に駐車中の取締用マイクロバス(当日の取締りは追跡用パトカーを配備することなく行われた。)の中に設置され、記録係、取調係は右マイクロバスの中に待機していた。

(四)  被控訴人は、帰宅のため、同日午後七時四六分頃、被控訴人車(福岡五七な七四八四)を運転して制限速度時速四〇キロメートルの本件道路を、国道二一〇号線方面から同号線バイパス方面に向け時速七〇キロメートルで走行していた。被控訴人にとって本件道路は通り慣れた道路であり、制限速度が時速四〇キロメートルであることを十分承知していた。

(五)  被控訴人車の速度違反を検知した測定係の田中巡査は、直ちにその旨を停止係の北原巡査に連絡し、北原巡査は右連絡により被控訴人車に停止を命じた。被控訴人は北原巡査の右指示に従い被控訴人車を本件道路西側沿いの中央公園正門前(別紙図面①の地点付近。なお当時同正門の扉は開いており、同公園内に入った車両は更に公園内を通過して外に出ることができる。)にエンジンをかけたまま停車させた。従って、被控訴人が被控訴人車を発進させてその場から逃走しようと思えば逃走可能な状況であった。

(六)  北原巡査は次の違反車を停車させるためその場を離れたが、同じ停車係の柴田巡査が被控訴人車に近づき、運転席側の窓を開けた被控訴人に速度違反の事実を告げるとともに降車してレーダーの記録紙を確認するよう求めた。ところが、被控訴人は「スピード違反というのなら、どの位のスピードが出ていたのか。」などと反問して被控訴人車から降車しようとしなかった。そこで柴田巡査は北原巡査に応援を求めた。

(七)  北原巡査は、被控訴人車の運転席に近づき、窓越しに被控訴人に対して免許証の提示と降車を求めたところ、被控訴人は、速度違反はしてない旨及び免許証は持っているが見せる必要はない旨返答したほか、更に同巡査に対して「お前は警察官か、どこの署の者か、まずそちらから先に名前を名乗れ。」などと反問して同巡査の求めに応じようとはしなかった。北原巡査は、しばらく被控訴人と押し問答を続けたあと、前記マイクロバスの中にいた吉瀬巡査部長に応援を求めた。

(八)  吉瀬巡査部長は、被控訴人車にかけつけ、北原巡査同様、被控訴人に免許証の提示及び降車を求めたが、被控訴人の態度は変わらなかった。そこで吉瀬巡査部長は、被控訴人に住所・氏名を尋ねたが、被控訴人は、これに答えようとせず、自分は急いでいる旨述べてハンドルに手をかける仕草をし、また同巡査部長の所属署名、氏名等を名乗るよう求めたうえ、手帳を背広の内ポケットから取り出して名前を筆記するような素振りを示した。同巡査部長は、被控訴人に対し、自分は久留米署員である旨述べたが、名前を名乗ることは拒否したところ、被控訴人は、まず同巡査部長から名前を先に名乗るよう求めるばかりで、免許証の提示や降車には応じようとしなかった。

(九)  吉瀬巡査部長は、被控訴人に、このままでは逮捕しなければならなくなる旨告げたが、被控訴人は、逮捕するなら逮捕せよといった態度を崩さず、埓があかなかった。そこで、吉瀬巡査部長は、逮捕せざるを得ないと決意し、やむなく被控訴人に逮捕する旨告げて北原巡査に被控訴人車の運転席側のドアを開けさせ、同巡査と二人がかりで被控訴人の両手を掴んで車外へ引き出し、その両側から被控訴人の両腕を抱えるようにして前記マイクロバスまで連行した。被控訴人は、マイクロバスの中で北原巡査から手錠をかけられたが(その時刻は同日午後七時五〇分頃である。)、その際被控訴人は右車内にあった記録紙の確認を拒んだため、北原巡査は、右記録紙を第三者である一般通行人に確認してもらうべく、マイクロバスから出た。

(一〇)  当時、たまたま本件道路付近を自動二輪車で走行していた乙山春夫(住所、佐賀県鳥栖市《番地省略》)は、右北原巡査から停止を求められ、記録紙の確認に協力するべく、前記マイクロバスに乗って(被控訴人と乙山はこのとき顔を合わせている。)、速度表示装置からプリントアウトされたままの記録紙に「七〇キロメートル」と印字され「福岡五七な七四八四」と記入されていることを確認した。しかし、右乙山は、鳥栖市に在住し帰宅を急いでいたため、その場で右の確認した事実を調書にするのは同人の協力が得られなかったため、右調書を翌日作成することで同人の了承を得た。

(一一)  その後、被控訴人は、同日午後八時過ぎ頃、久留米署から差し回しのパトカーで同署に連行された。

2  本件留置に至る経緯

(一)  久留米署に到着した吉瀬巡査部長は、同日(昭和五七年一〇月二八日)午後八時一〇分頃、被控訴人を当夜の当直主任石田警部補に引致した。同警部補は、吉瀬巡査部長から被控訴人を逮捕した経緯について事情聴取したうえ、同日午後八時二〇分頃から同署別館一階の交通事故係の部屋において被控訴人の弁解録取を行った。

(二)  右弁解録取において、被控訴人は、人定質問に対し、初めて石田警部補に免許証を提示し、自己の住所・氏名が右免許証記載のとおりであり、職業は久留米市議会議員で久留米民主商工会の会長でもある旨述べた(被控訴人は昭和五〇年頃から久留米市議会議員であり、昭和五三年頃から久留米民主商工会の会長である。)。しかし、被疑事実の取調べについては、被控訴人は、石田警部補から前記記録紙を示された際、被控訴人車を運転していた事実は認めながら、その速度については、「速度はどの位出していたか分らない。時速七〇キロメートルも出して走った覚えはない。」旨の弁解をし、右記録紙に押印することを拒否した。なお、石田警部補は、被控訴人に弁護人選任権の告知をしたが、被控訴人は、弁護人については後で考えて返事する旨返答した。

(三)  右弁解を受けて、石田警部補は、本村巡査に対して、福岡県警察本部に被控訴人の氏名照会をするよう指示(右照会の結果、被控訴人には過去に交通違反のほか前歴関係があることが確認された。)、あわせて同巡査に弁解録取後の取調べを命じるとともに、被控訴人の希望を容れて、同日午後八時三〇分頃、自から久留米民主商工会事務所に架電して、同会事務員に対し被控訴人を速度違反の被疑事実で逮捕した旨告知した。

(四)  本村巡査は、前記交通事故係の部屋で引き続き被控訴人の取調べに当たったが、被控訴人は、そんなにスピードを出していない、不当逮捕であり直ちに釈放せよと繰り返すばかりで取調べを拒否した。このため、同巡査は、同日午後九時三〇分頃、右取調べを打ち切り、その旨を石田警部補に報告した。

(五)  右報告を受けた石田警部補は、被控訴人が速度違反の被疑事実を否認し、かつ、否認調書の作成にも応じないことや記録紙を確認した前記第三者の供述調書が未だ作成されていないこと等から、被控訴人の留置を決め、本村巡査に被控訴人を留置するよう命じた。

(六)  被控訴人は、久留米署別館二階にある留置場まで連行され、留置場前の留置管理係室で所持品検査及び身体検査を受けたあと、食事をし、同日午後一〇時頃、留置場に収監された。留置場は監房が八室(うち一室は少年房、一室は婦人房である。)あり、被控訴人は既に若い青年一人が入っていた雑居房に収監された。なお、当時、同留置場には十数名の収容者がいた。

3  本件接見要求と久留米署の対応

(一)  久留米署の石田警部補から前記のとおり被控訴人を逮捕した旨の連絡を受けた久留米民主商工会事務局長坂本葉子は、同日午後九時一五分頃、同会の顧問弁護士である久留米第一法律事務所に連絡をとり、被控訴人の面会、釈放等について依頼した。

(二)  右依頼を受けた同法律事務所の稲村弁護士は、同日午後九時四〇分頃、同法律事務所から徒歩五分位の距離にある久留米署まで歩いて赴き、同署前で久留米民主商工会の関係者らが集まるのを待って、同日午後一〇時頃、右関係者ら一八名位と共に同署内に入った。同弁護士らは、同署本館一階にある交通課のカウンター前付近で、応対に出た石田警部補に対し、口々に被控訴人の逮捕理由の説明とその早期釈放を求めた。

(三)  これに対し、石田警部補は、被控訴人の被疑事実は速度違反であり、逮捕理由は本人の人定事項が不明であること等を説明した。そこで稲村弁護士は、被控訴人との面会を要求したが、同警部補は取調中であることを理由にこれを拒否した(なおこの時点では、被控訴人は未だ前記のとおり弁護人の選任についてその態度を留保したままであり、被控訴人の配偶者及び直系親族も稲村弁護士に被控訴人の弁護人となることを依頼していた事実は認められない。)。

(四)  稲村弁護士は、被控訴人の取調べが終るのを待つため、同署本館一階の前記カウンター付近で待機していたが、この間久留米民主商工会の関係者多数が入れかわり立ちかわり同署内に出入りするため、石田警部補は、同日午後一〇時三〇分頃、同人らに対し、署外に退去するよう求めた。稲村弁護士は、右関係者らを一旦署外へ全員退去させたうえ、自ら再び一人で同署内に入り、石田警部補に被控訴人との接見を要求した。

(五)  このため、石田警部補は、同日午後一〇時四五分頃、稲村弁護士に対し、被控訴人と接見したいのであればまず弁護人選任届を提出するよう求めた。ところが、同弁護士は、弁護人選任届用紙を持参していなかったため、直ちに同署外で待機していた久留米民主商工会の関係者らに依頼して久留米第一法律事務所まで右用紙を取りに行かせ、同日午後一〇時五〇分頃、取り寄せた右用紙を石田警部補に提出した。同警部補は、直ちに右用紙を持って別館二階の留置場へ行き、既に留置場内で横になっていた被控訴人に事情を説明して、被控訴人が同弁護士を弁護人とする意思のあることを確認したうえ、被控訴人を留置場から出して右用紙に署名押印させ、稲村弁護士の待機する本館一階の交通課の部屋に戻り、右用紙を同弁護士に渡した。ところが、稲村弁護士は、自己の印鑑を持参していなかったため、右弁護人選任届は翌日提出することになった。

(六)  被控訴人の妻は、同日午後一一時頃同署に到着したが、その際稲村弁護士は石田警部補に被控訴人との接見を要求した。しかし同警部補は「もう遅いので明朝にしてもらいたい。」といって当夜の接見を拒んだ。その後、しばらく稲村弁護士と石田警部補との間で当夜の接見について押し問答が続いたが、結局これを諦めた同弁護士は、翌朝一番の接見の約束を同警部補から取り付けて、同日午後一一時三〇分頃同署を退去した。

(七)  翌日(昭和五七年一〇月二九日)午前八時三〇分頃久留米署に赴いた稲村弁護士は、同日午前九時過ぎ頃から約一〇分間被控訴人と接見し、被疑事実を認めた被控訴人は、同日午前一〇時一〇分頃釈放された。

(八)  久留米署の田中巡査は、右一〇月二九日、前夜記録紙を確認した通行人乙山の勤務先(佐賀県鳥栖市)に赴き、同人の確認状況に関する供述調書を作成した。

4  本件現行犯逮捕事実の報道について

(一)  前記3(二)のとおり、稲村弁護士や久留米民主商工会の関係者らが押しかけ口々に抗議していた同日(昭和五七年一〇月二八日)午後一〇時過ぎ頃、たまたま久留米署内に来合わせた新聞記者一人は、右の騒ぎを目撃してこれを写真に撮るべくフラッシュを焚いたところ、稲村弁護士や久留米民主商工会の関係者から強く抗議されたため、自ら写真機のフイルムを取り出して謝罪するに至った。しかし、同記者は石田警部補に対して直ちに取材の申し入れをし、同警部補はこれに対して久留米市議会議員である被控訴人を速度違反で逮捕したこと及び逮捕の理由は被控訴人が免許証の提示や降車を拒否したことである旨告げ、更に一社にのみ情報を提供することは他社からのクレームを招くので、慣例に従い、当時の報道連絡担当幹事社に右と同旨の情報を電話で連絡した。

(二)  このため、新聞・ラジオ等の報道機関は、翌二九日、一斉に右情報に基づく報道をした。

以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

三  以上の認定事実に基づき、以下順次判断する。

1  本件現行犯逮捕の違法性について

被控訴人は、本件現行犯逮捕当時、被控訴人には以下に主張する如く逃亡の虞れ及び罪証隠滅の虞れはいずれもなかったから、本件現行犯逮捕における逮捕の必要性は存在せず、本件現行犯逮捕は違法である旨主張する。

(一)  まず、現行犯逮捕において逮捕の必要性がその要件となるかどうかを検討するに、刑事訴訟法上、通常逮捕(同法一九九条)及び緊急逮捕(同法二一〇条)は、逮捕の必要性の存在が逮捕状発付の明文上の要件とされているところ、現行犯逮捕(同法二一三条)にはかかる明文の規定がないが、現行犯逮捕も他の二つの逮捕と同様、被逮捕者の身体の自由を拘束する強制処分であるから、現行犯逮捕についても逮捕の必要性が要件になると解するのが相当である。

ところで、本件の場合、次にみるとおり、被控訴人には本件現行犯逮捕の際逃亡の虞れ及び罪証隠滅の虞れが存在したものというべきであるから、前記逮捕の必要性は肯認すべきであり、被控訴人の前記主張は採用できない。

(二)  逃亡の虞れについて

(1) 被控訴人は、本件現行犯逮捕当時警察官の誘導に従って被控訴人車を停止させ、エンジンを切り、運転席の窓ガラスを開けて、ポケットから免許証を取り出し何時でもこれを提示して任意捜査に応じる態勢をとっていたから、逃亡の虞れはなく、仮に被控訴人が免許証の提示を拒否したとしても、警察官は被控訴人車の車両ナンバーを確認したうえ県警察本部へその所有者の氏名・住所等の照会をすれば、被控訴人の氏名・住所等の人定事項はたちどころに確認できたはずであるから、右措置を採り、できる限り逮捕を回避すべきであった旨主張する。

(2) ところで犯罪捜査は一般に任意捜査を旨とし、強制捜査は例外とみるべきであるから、犯罪捜査に当たる警察官は、氏名・住所等の人定事項の明らかでない被疑者に対して、直ちに強制捜査に踏み切るべきではなく、できるだけその説得に当たるなどして、任意に人定事項の確認を行うよう努めるべきは当然である。

しかしながら、同種事犯の大量かつ適正迅速な処理をとくに迫られる交通法令違反事件にあっては、被疑者たる運転者の人定事項の確認はその携帯が法令で義務づけられている(道路交通法九五条)免許証の提示によって極めて容易になしうるところであるから、仮に道路交通法上運転者に免許証提示義務があるのは警察官が無免許運転、酒気帯び運転等一定の被疑事実があると認める場合に限られる(同法九五条、六七条一項)としても、取締りに当たる警察官は広く交通法令違反事件一般について、その被疑事実の存する限り、被疑者たる運転者に免許証の提示を求めうる合理的な理由があるといえる。これに対して、被疑者たる運転者が特段の理由もなく免許証の提示を拒否する場合には、人定事項の不特定を理由に被疑者自身捜査上不利益を受けることがあってもそれはやむを得ないことである。

(3) 以上を前提に本件をみるに、前記認定事実(二1の(一)ないし(一一))によると、被控訴人は速度違反の被疑事実により北原巡査の指示で被控訴人車を中央公園正門前に停車させたが、その際同車のエンジンはかけたままであり、右正門の扉は開いたままであったこと、免許証の提示にしても被控訴人はこれを求める警察官に対し、まず警察官から氏名を先に名乗るよう求めるなどして免許証の提示を事実上拒否していたこと、被控訴人の速度違反は制限速度時速四〇キロメートルのところを時速七〇キロメートルで市街地を走行していたというものであり、その犯情、法定刑(道路交通法一一八条)いずれからみても、決して軽微な事犯ということはできないこと、被控訴人は被控訴人車から降車しようとせず、被疑事実を否認したまま自分は急いでいる等といってハンドルに手をかけ発進させるかのような仕草もしていたこと、被控訴人車の所有名義は車両ナンバーを照会することにより容易に確認しうるとしても、警察官にとって免許証の提示を拒否する被控訴人が右所有者と同一人物であるかどうかを確認する手段を有していなかったこと等が明らかである。

これらの事情を総合すれば、速度違反の現行犯人である被控訴人が、自己の住所・氏名を名乗らず、免許証も提示せず、人定事項の確認もできないまま帰宅させれば、後日その不出頭による捜査の難航も容易に予測され、この意味で被控訴人には逃亡の虞れがなかったとはいえず、また、当時の被控訴人車の停車位置、被控訴人の言動及び被控訴人車がエンジンをかけたまま停車していたことなどの諸事情に鑑みると、被控訴人にはむしろ積極的に逃亡の虞れが存したものといわざるを得ない。

(三)  罪証隠滅の虞れについて

(1) 被控訴人は、本件犯行(速度違反)の現認者は警察官であり、測定機による記録もなされているから被控訴人が罪証隠滅をはかる虞れは全くない旨主張する。

(2) しかしながら、前記認定事実(二1の(一)ないし(一一)によると、被控訴人は被疑事実を否認し、かつ、速度計測装置の記録紙を確認することをも拒否していたうえ、右記録紙の確認をなした第三者乙山の供述調書は、本件現行犯逮捕当日、同人の都合で作成できない状況にあり、しかも被控訴人が本件現行犯逮捕現場で一度乙山と顔を会わせていることも併せ考慮すると、被控訴人には右逮捕時点で罪証隠滅の虞れがあったといわざるをえない。

(四)  以上のとおり、被控訴人には逃亡の虞れ及び罪証隠滅の虞れはいずれも認められるが、吉瀬巡査部長らは被控訴人の現行犯逮捕に当たって数回にわたり被控訴人に免許証の提示を求め、その説得にも当たっていたことがうかがえるのであるから、右警察官らが安易に被控訴人を現行犯逮捕したとは到底認めがたく、本件現行犯逮捕における逮捕の必要性は首肯するに十分である。そして、他に右逮捕の必要性を否定すべき事情は見出し難い。

2  本件留置の違法性について

被控訴人は、本件現行犯逮捕後の久留米署における弁解録取において、被控訴人は免許証を提示し住所・氏名を名乗り職業も明らかにしていたから、逃亡の虞れ及び罪証隠滅の虞れは既に消滅していたものであり、仮に記録紙の目撃証人に対する供述調書の作成が逮捕翌日まで持ち越された(そもそもこの様な場合には逮捕現場で即刻供述調書が作成できるよう別の目撃証人を探すのが筋道である。)としても、被控訴人が右目撃証人に働きかけて罪証隠滅をはかる虞れなど全くなかったから、弁解録取の後においては被控訴人には留置の必要性は存在しない旨主張する。

(一)  被逮捕者に対する留置は、逮捕の効力として当然に法定時間内に限り生ずると解されるところ、刑事訴訟法二〇三条によると、被逮捕者の身柄を受け取った司法警察員は、被逮捕者に対する弁解録取の結果留置の必要がないと思料するときは直ちに被逮捕者の身柄を釈放すべき旨定め、同法二一六条は現行犯逮捕の場合に右規定を準用している。従って、現行犯人についても弁解録取の結果留置の必要がないとの判断に達した場合には、直ちに身柄を釈放すべきであり、これに反して留置を継続することは違法であると言わざるを得ない。そして、右にいう留置の必要とは前記逮捕の必要について述べたところと同様に、逃亡の虞れ及び罪証隠滅の虞れを指すものと解するのが相当である。

(二)  前記認定(二2の(一)ないし(六))によると、被控訴人は石田警部補の弁解録取に対して初めて自己の住所・氏名を名乗り、職業を明らかにし、免許証も提示したが、他方、石田警部補においても県警本部に照会して被控訴人の人定事項の確認をし、右弁解録取の終了時点では少なくとも同警部補には被控訴人の人定事項は明らかになっていたから、本件被疑事実の内容や被控訴人の身分、職業等にも鑑みると、当時被控訴人には逃亡の虞れがあったとは認めがたく、釈放後の出頭確保に懸念を抱くべき事情は見出し難い。

しかしながら、被控訴人は、右弁解録取及びその後の取調べにおいて、いずれも被疑事実自体を否認し(もとより被疑事実を否認することは被疑者の当然の権利の行使であるが、これによって留置の必要性について不利益な判断を受けることがありうるのは別論である。)、記録紙の確認をも拒否していたから、被控訴人の犯行を立証するには警察官の現認及び記録紙の存在のほかに更に第三者による右記録紙の確認とこれについての供述調書化が公判廷での立証上必要となるところ、本件現行犯逮捕当日にはこれが未了であったこと、しかも右第三者と被控訴人とは一度逮捕現場で顔を会わせていること等を考慮すれば、本件現行犯逮捕当日の弁解録取後被控訴人に罪証隠滅の虞れが消滅したとはいえない。

(三)  以上のとおり、被控訴人には本件留置の必要性が認められ、他にこれを否定すべき事情も見出しえない(なお、前記のような交通取締の処理状況に照らすと、吉瀬巡査部長らが更に前記乙山に代わる第三者に記録紙の確認とその供述の録取をしなかったことがあながち違法不当とはいえない。)から、被控訴人の前記主張は採用できない。

3  本件接見要求について

被控訴人は、稲村弁護士は遅くとも本件現行犯逮捕当日(昭和五七年一〇月二八日)の午後一〇時半頃、石田警部補に対し、被控訴人の長男一郎から依頼を受けた「弁護人となろうとする者」として被控訴人との接見を要求したところ、同警部補は被控訴人に同弁護士の来署を告げず、同弁護士には取調中との虚偽の理由を述べて接見を拒否し、最終的には深夜であることを理由に接見を拒否した旨主張する。

(一)  そこで検討するに、稲村弁護士と石田警部補との面会、接見要求に関する交渉の経緯は、前記二3の(一)ないし(八)認定のとおりである。これによると、久留米民主商工会の顧問弁護士事務所に所属する稲村弁護士は、同会事務局長坂本葉子からの連絡に基づき、当日(本件現行犯逮捕当日)午後一〇時頃、同会の関係者ら多数とともに久留米署を訪れ、当日の当直主任である石田警部補に対し、被控訴人の身柄の釈放を求めたが、拒否されたため、同日午後一〇時半頃被控訴人との接見を同警部補に要求したこと、しかして、右接見要求の時点では、同弁護士は被控訴人及びその親族のいずれからも正式な弁護人依頼を受けていた訳ではなかったこと、その後同弁護士は石田警部補の求めに従い同日午後一〇時五〇分頃弁護人選任届の用紙を同警部補に提出し、同警部補は右選任届の用紙を留置場に収監中の被控訴人にとどけ、被控訴人(当時被控訴人は監房内で横になっていたところを同警部補におこされたものである。)が稲村弁護士を弁護人に選任する意思のあることを確認したうえ、同選任届の用紙に被控訴人の署名押印を求め、稲村弁護士に返還したこと、稲村弁護士は自己の印鑑を持参してなかったことから、右届は翌日提出することとし、同日午後一一時頃、再び石田警部補に被控訴人との接見を要求したところ、同警部補から深夜であることを理由に接見要求を拒否され、同日午後一一時半頃被控訴人との当夜の接見を断念したことが認められる。

ところで、刑事訴訟法三九条一項によると、逮捕中の被疑者は「弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者」と立会人なくして接見することができる(いわゆる秘密交通権の保障)ところ、右の「弁護人を選任することができる者」とは、同法三〇条によると、被疑者並びにその法定代理人、保佐人、配偶者、直系親族及び兄弟姉妹等を指すのであり、本件の場合、稲村弁護士は、被控訴人の依頼の意思が明確になった同日午後一一時頃をもって秘密交通権を背景に「弁護人となろうとする者」として石田警部補に接見要求をしたものと認めるのが相当である。それ以前の同弁護士の面会ないし接見要求は、弁護人選任権者からの選任依頼に基づくものではなく、前記秘密交通権の保障された接見要求とは未だ認められない。被控訴人は、同日午後一〇時半頃被控訴人の長男一郎が稲村弁護士に被控訴人の弁護人となることを依頼した旨主張するけれども、前記認定のとおり、これを認めるに足る証拠はない。

(二)  一般に、弁護人又は弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)と身体の拘束を受けている被疑者との接見交通権は、身体を拘束された右被疑者が弁護人等から援助を受け得るための刑事手続上の最も重要な基本的権利であり、弁護人等にとってもその固有の最も重要な権利の一つであるから、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見の申入れを受けた場合には、原則として何時でも接見の機会を与えなければならず、例外として現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできるだけ速やかに接見のための日時・場所・時間等を指定し、被疑者が防御のため弁護人等と打ち合わせることのできるような措置を採るべきである(最高裁第一小法廷判決昭和五三年七月一〇日民集三二巻五号八二〇頁)。

ところで、右接見の申入れが深夜などの執務時間外になされた場合について検討するに、まず、監獄又は代用監獄たる警察留置場に勾留中の被疑者との接見については、監獄法施行規則一二二条は「接見ハ執務時間ニ非サレハ之ヲ許サス」と定めている。これは、元来、留置場施設が同時に多数の留置人を収容し、一定の秩序のもとに整然と管理運営されるべき施設であることに鑑みて、もっぱら施設管理権と接見交通権との均衡、調和を図るために定められた規定と解されるのであるが、接見交通権の前記の如き重要性を考慮すると、執務時間外の接見を必要とする防御上の緊急性等の特段の事情が被疑者、弁護人等の側に存在し、かつ、右接見要求が留置施設権者の戒護態勢に現実的、具体的に支障を生じる虞れがない場合には、右監獄法施行規則の定めに拘らず、弁護人等は被疑者と執務時間外において接見できるものと解するのが相当である。

これに対して、逮捕留置中の被疑者については、右監獄法施行規則一二二条の適用はないのであるから、弁護人等は、前記のとおり、捜査中断による支障が顕著である等の例外的場合を除き、原則として何時でも被疑者との接見の機会を与えられるべきであり、右逮捕中の被疑者の留置に関して定める被疑者留置規則に被疑者と弁護人等との接見を留置場の保安上の理由に制限する規定のないことも右の趣旨を明らかにしたものと解されないではない。しかしながら、執務時間外の接見要求に応じることが捜査機関側の戒護保安の態勢に現実的、具体的に支障を生じる虞れがある場合のあることは勾留中の被疑者の場合と同様であるから、かかる虞れのある場合であって、かつ、弁護人等及び被疑者側に執務時間外の接見を必要とする防御上の緊急性等の特段の事情も認められない場合においては、施設管理権及び接見交通権の調整を図る観点から、最も接近する執務時間に接見させるなどの接見交通権の補償措置を採る限り、執務時間外の接見要求に応じないことが、直ちに違法な措置になるものではないと解するのが相当である。しかして、右の戒護、保安態勢の支障とは、接見要求がとくに深夜などの戒護態勢の最も手薄な時間帯になされた場合においては、弁護人等から予め事前の接見申入れの通告もなく突然に接見の申入れがあれば当然留置担当職員の執務態勢(仮眠態勢)に影響を与えかねないものであるから、このような執務態勢の支障を含むものというべく、更に被疑者を深夜留置場から接見室まで出し入れすることに通常伴う他の留置人に与える睡眠妨害、心理的動揺等の弊害及びその際における留置人間の謀議、騒動、逃亡の虞れ等の発生あるいは睡眠不足を理由にする翌日の取調べに対する非協力等の支障をも含むものといわざるを得ない。

(三)  右の観点から稲村弁護士が本件現行犯逮捕当日の午後一一時頃石田警部補になした接見要求の当否について検討するに、前記認定(二2の(六)及び二3の(六)・(七))のとおり、本件現行犯逮捕当日、久留米署の留置場には一〇名以上の収容者が在監し、被控訴人の収容された監房には既に青年一人が収容されていたこと、監房は全部で八室あり、うち二室が婦人房、少年房であったこと、稲村弁護士は同日午後一一時頃石田警部補に被控訴人との接見要求をしたが、同警部補から「もう遅いので明朝にしてもらいたい。」と当夜の接見を拒否され、やむなく同弁護士は明朝一番の接見を同警部補に約束させて同日午後一一時半頃同署を退去したこと、しかして同弁護士は翌朝被控訴人と右の約束に基づき現実に接見したこと、この間被控訴人は深夜に取調べを受けるようなことはなかったことが認められる。しかして、《証拠省略》によると、当時の久留米署の勤務時間外の当直態勢(平日の勤務時間は午前八時半から午後五時までであり、当直時間は午後五時から翌朝午前八時半までである。)は総勢二〇名位で行い(内訳は行政当直九名、刑事当直五名、交通当直四名、監房当直二名である。)、このうち監房(留置場)の当直は右監房係の二名のほか当日の当直から一名応援を得て三名で行っていたが、具体的には午後五時から午後九時半までは右三名全員で監房の当直に当たり、午後九時半以降翌朝午前二時半までは一名が仮眠に入るため残り二名で当直に当たり、午前二時半以降午前七時までは逆に右の二名が仮眠に入り、それまで仮眠をとっていた一名が当直に当たり、午前七時から午前八時半までは再び三名全員で当直に当たっていたこと、監房は扇形に配置され、その要の部分に監視席があり当直員が終日監視に当たっていたが、一室の収監者の出し入れは当然に他室の収監者にも容易に察知しうる構造になっていたこと、在監者の夕食時間は午後四時であり、消灯は午後九時であったこと、久留米署では、本件以前に、消灯後弁護人等から接見要求のなされた例はなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の認定事実によると、稲村弁護士が「弁護人となろうとする者」として被控訴人との接見を要求した本件現行犯逮捕当日の午後一一時頃は、既に久留米署の監房は消灯後の就寝中の時間帯であり、被控訴人は監房内で横になり、当直員二名による当直勤務がなされていたところであって、久留米署の当直主任石田警部補は、稲村弁護士の右接見要求に対して、翌朝には早々に接見させるので今夜のところは勘弁して欲しい旨の応答をしており、現に翌朝には同弁護士は被控訴人と接見していること、他方、被控訴人及び稲村弁護士側に、右翌朝まで待てず当夜接見しなければならない程の特段の事情ないし緊急性が存したとは未だ本件全処拠によるもこれを見出し得ないこと等からすると、多数の在監者(留置人)がいる中で、その睡眠妨害、騒動防止あるいは保安維持等の考慮から本件現行犯逮捕当日午後一一時頃の深夜における接見要求を拒否し、翌朝早々に接見するよう求めた石田警部補の右処置は、秘密交通権と施設管理権の調整を図る観点において何ら不当なものとはいえず、違法ではなかったというべきである。

その他、石田警部補の前記処置が、稲村弁護士や被控訴人の接見交通権を不当に侵害する違法な行為であることを認めさせるに足る証拠はない。

4  本件報道機関への通報について

石田警部補が被控訴人の本件被疑事実を報道機関に通報するに至った経緯及びその通報した内容は、いずれも前記二4の(一)・(二)に認定したとおりである。これによると、同警部補は、被控訴人を殊更中傷する意向で右通報をした訳ではなく、しかも通報の内容は市会議員という公益的立場にある被控訴人の道路交通法違反の被疑事実に関するものであって、その内容は概ね客観的事実に合致するものであるから、公共の利害に関する事実について同種犯罪の防止という公益を図る目的でなされた通報であって、その内容も事実に沿ったものというべく、同警部補の右通報行為をもって違法なものということは到底できず、他に右通報に関して石田警部補の不法行為を認めるに足る証拠はない。

四  以上によると、被控訴人の控訴人に対する本訴請求はその余の点について判断するまでもなくすべて理由がないから失当として棄却すべきところ、これと異なる原判決は不当であって、本件控訴は理由があるから、原判決を取消したうえ被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口茂一 裁判官 綱脇和久 榎下義康)

〈以下省略〉

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